「漁村に潜む千両小判」
野根地区は奈半利から室戸岬をショートカットして四国の東岸に出る国道493号線を東に下りた寂しい漁村である。名物は野根まんじゅうしかない。今は甲浦(かんのうら)と合併して東洋町となった。土佐日記にもあるように、関西から土佐への道は、古来より海路で四国東岸に船を着け、今の493号線と併走する旧野根山街道を抜けるのが主道だった。そのこともあり昔は野根郷として栄えた時期もあったという。 野根七郎の埋蔵金は、この地方の豪族であった野根氏が残したという小判千両ともいわれる財宝である。一説には「天満寺」周辺もしくは「愛宕なる場所」にあるといわれ「朝日さし夕日輝く征木のもとに小判千両有明の月」というキーワードが残されている。 これを勝手に解釈してみる。「朝日さし夕日輝く木のもとに」の一節は日本全国に数多く見られる言ってみれば「埋蔵金の枕詞(まくらことば)」である。「征木」はマサキのことであろうと思われる。生垣や庭木に用いられるこの木は、もともと海岸に群生するのでこの地区では珍しくない。「有明の月」とは夜明けに西の空に残る月のことである。つまり「天満寺か愛宕近辺のマサキが茂る地域で西に向け」ということであれば・・・ありすぎてわからんがな(笑)。
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「野根の街中の曹洞宗松寿山天満寺。近所の人や交番にも聞きあわせたが、そんな大そうな話は誰も聞いたことがないということだった(笑)。」
野根の街中の曹洞宗松寿山天満寺。近所の人や交番にも聞きあわせたが、そんな大そうな話は誰も聞いたことがないということだった(笑)。
「10キロ北の宍喰で前夜から泊り込んで、「朝日さすとき」に何かの影が指し示すのではないか?と朝5時過ぎに行ってみた。が、良く考えたら季節によって日の出の方向が変わるので何の意味もなかったことに後になって気づく。(笑)」
10キロ北の宍喰で前夜から泊り込んで、「朝日さすとき」に何かの影が指し示すのではないか?と朝5時過ぎに行ってみた。が、良く考えたら季節によって日の出の方向が変わるので何の意味もなかったことに後になって気づく。(笑)
「天満寺の庭で、マサキの仔細をよく思い出せないままマサキを捜す。」
天満寺の庭で、マサキの仔細をよく思い出せないままマサキを捜す。
「大いに期待して寺の裏山の「愛宕」神社に登ってみた。」
大いに期待して寺の裏山の「愛宕」神社に登ってみた。
「山頂付近の愛宕神社。清清しい空気で、とてもそれらしい雰囲気ではありません。悔しいのでラジオ体操をして帰りました。(笑)」
山頂付近の愛宕神社。清清しい空気で、とてもそれらしい雰囲気ではありません。悔しいのでラジオ体操をして帰りました。(笑)
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