「嵐に消えた隠し場所」
江戸時代、瀬戸内海に剛右衛門なる廻船問屋がいた。廻船問屋とは、廻船を所有し港において商船の積荷の売買をはじめ、集荷作業や運送取次などの業務を行う者のことである。 しかしそ剛右衛門の裏の顔は数百人を束ねる海賊の首領だった。二つ名のつむじ風とは主に嵐の夜を狙って出没することからついた名である。廻船問屋の表の顔で、略奪品を各地で売り捌いていたが、用心深い性格ゆえ、足のつきやすい物品はまとめてどこかに隠していたらしい。伝えられるその総額は現在の時価にすると何百億とも何千億ともいわれている膨大なものである。しかし剛右衛門自身も嵐で遭難してしまい、一味もろとも海の藻屑と消えたのである。以来、宝の隠し場所は不明のままである。 彼の活躍?していた海域から考えると、どうも蒲生田岬付近から淡路島南部にかけての紀伊水道、一説には紀伊水道と大阪湾を分ける和歌山市友ヶ島諸島であるともいわれるが、まったくもって定かではない。19番札所で引き上げられた蒲生田岬の金塊も、その一端のものなのかも知れない。 まるで絵に描いたような海賊の財宝。総額も大きいが対象海域も広く、まさに夢まぼろしの宝である。
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「四国の最東端の岬に建つ蒲生田岬灯台」
四国の最東端の岬に建つ蒲生田岬灯台
「蒲生田岬から和歌山方面を望む」
蒲生田岬から和歌山方面を望む
「蒲生田岬から淡路島方面を望む。見えているのは伊島。四国最東端の島である。」
蒲生田岬から淡路島方面を望む。見えているのは伊島。四国最東端の島である。
「南海フェリーより淡路島南岸沖に浮かぶ沼島。向こうは淡路島。」
南海フェリーより淡路島南岸沖に浮かぶ沼島。向こうは淡路島。
「和歌山方向から見る友ヶ島諸島。左より沖ノ島、虎島、海を挟んで地島。夏はキャンプで賑わうがオフシーズンは無人島である。」
和歌山方向から見る友ヶ島諸島。左より沖ノ島、虎島、海を挟んで地島。夏はキャンプで賑わうがオフシーズンは無人島である。
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